第12回 日本NPO学会賞受賞作品

林雄二郎賞

  • 『非営利組織のソーシャル・アカウンティング 社会価値会計・社会性評価のフレームワーク構築に向けて』
    馬場 英朗著 日本評論社 (2013/10刊行)

優秀賞

  • 『個人加盟ユニオンと労働NPO-排除された労働者の権利擁護-』 遠藤 公嗣編著 ミネルヴァ書房(2012/6刊行)
  • 『社会関係資本-理論統合の挑戦-』 三隅 一人著 ミネルヴァ書房(2013/9刊行)
  • 『Building Resilience: Social Capital in Post-Disaster Recovery』 Daniel P. Aldrich著
    The University of Chicago Press(2012/8刊行)

審査委員会特別賞

  • 該当なし

総評

市民社会の発展に貢献する
選考委員長 田中敬文/ 2014年3月15日

日本NPO学会賞は、2012年に逝去された林雄二郎初代会長のご寄付により創設された賞である。12回目を迎えた今回、17点の応募作品について13人の委員による白熱した議論と厳正な審査を経て、林雄二郎賞1点、優秀賞3点が選出された。審査委員会特別賞は該当なしであった。

見事に林雄二郎賞受賞の栄冠に輝いた馬場英朗『非営利組織のソーシャル・アカウンティング: 社会価値会計・社会性評価のフレームワーク構築に向けて』は、第7回学会賞優秀賞を受賞した著者の博士論文を大幅に発展させた労作である。非営利組織の信頼性を高めるためには個々の団体が社会的責任を果たせるような会計システム構築が重要であるという観点から、「ソーシャル・アカウンティング」を、「アカウンタビリティ、会計制度、財務分析、収入戦略、フルコスト、社会価値会計、監査、寄付税制並びに寄付者の意思決定を体系化する非営利組織の包括的な会計システムとして」広義にとらえ、会計データベースの実証分析により現状と方向性を明らかにした。短期的には事業収入、中長期的には寄付や会費というNPO法人の収入戦略や、フルコスト・リカバリーにおけるイコール・フッティングの考え方など、実務家にとっても有益な情報を提供する。非営利組織の抱える課題を専門の会計学の観点から、単に技術的に論じるのではなく、法・税制や経済学などを含む広く学際的な視野から指摘し、非営利組織の発展に貢献した点などが高く評価された。

優秀賞3点のうちのひとつ、三隅一人『社会関係資本 理論統合の挑戦』は、学術的概念としての正当性に対して批判の多い社会関係資本を、既存の社会学理論の中に的確に位置づけようとする野心的な試みである。「関係基盤」という独自概念の導入により、橋渡し型や結束型などの概念をそれらの相互関係も含めてより明確に把握する可能性等を示した。

同じく優秀賞の遠藤公嗣編著『個人加盟ユニオンと労働NPO』は、非正規労働やブラック企業問題など、これまでの日本の労働組合運動では対処できない「排除された労働者の権利擁護」のために活動する個人加盟ユニオンと労働NPOの実態を多面的に明らかにした。日本だけではなく中国や韓国の事例紹介など運動の世界的な広がりが理解できる。

同じく優秀賞の Daniel P. Aldrich著 Building Resilience: Social Capital in Post-Disaster Recovery は、自然災害後の復興には、外部からの援助や経済的支援よりコミュニティの社会資本こそが鍵となるという主張を、関東大震災、阪神淡路大震災、スマトラ島沖地震、ハリケーン・カタリーナを事例として人口回復などから実証しようとした。

その他、惜しくも賞を逃したものの、審査委員会で注目を集めた書籍についてもコメントしたい。レスリー・R・クラッチフィールド、へザー・マクラウド・グラン編『世界を変える偉大なNPOの条件』は、社会に大きな影響を与えているNPOが実践する6つの原則を提示し、12を事例紹介する。山岸淳子『ドラッカーとオーケストラの組織論』は、著名な団体に勤める著者が、ドラッカーの言を借りつつ指揮者と団員との関係等の内情等を明らかにして読者を一気に引き込む。桜井政成編著『東日本大震災とNPO・ボランティア』と、公益研究センター編『東日本大震災後の公益法人・NPO・公益学』は、いずれも大災害からの復旧に果たすNPO等の貢献を示す。宗田勝也『誰もが難民になりうる時代に 福島とつながる京都発コミュニティラジオの問いかけ』と、小山帥人『市民がメディアになるとき』は、いずれも市民メディアの実践から社会に警告を発する。守本友美・吉田忠彦編著『ボランティアの今を考える―主体的なかかわりとつながりを目指して―』は、ボランティア活動の領域をミクロ(個人)レベルからマクロ(世界)レベルに分類して述べる。馮晏『企業とNPOのパートナーシップ・ダイナミクス』は、企業とNPOが各々の関心や専門性に従ってメリットを享受し協働できることを示す。

なお、審査委員会では、現行の賞に加えて、若手育成・支援等を目的とした研究奨励賞の創設について今後検討することとなった。日本NPO学会は市民社会の発展に貢献することを使命としている。学会賞の授与は、その使命を地道に果たすひとつに過ぎない。次回も多くの作品の積極的な応募を期待したい。

各書評

『非営利組織のソーシャル・アカウンティング 社会価値会計・社会性評価のフレームワーク構築に向けて』
馬場 英朗著 日本評論社 (2013/10刊行)

非営利法人制度そのものが、各主務官庁ごとに分断され夫々の基準で監督行政が行われている現状にあって、著者指摘のようにそれらの会計制度は、唯一の例外として民間が策定した特活会計基準を除いて、主務官庁の、主務官庁による主務官庁のための会計制度であるといっても過言ではなかろう。抜本改革された新公益法人制度の会計基準もその痕跡を色濃く残している。著者は、寄付者をはじめとする幅広いステークホルダーである社会を意識し、高度の「説明責任」と「透明性」に裏打ちされた会計制度を基本に据えつつ、非営利法人が生み出した社会的価値も計算書類に反映させる「社会価値計算書」を提言する。また、その提言の導入部として関連する諸領域(財務諸表、フルコストリカバリー、監査制度、PSTなど税制の問題点)のほぼすべてについて論説する。とくに、米国非営利法人会計制度とガイドスターなど民間非営利法人のデータ加工による徹底した情報公開の状況や英国ACEVO主導によるフルコストリカバリーと、これを当てはめた場合の日本における公・民間の発注契約の問題点なども緻密な分析により論じられている。本著は、会計という観点から生じた問題点を、従来の純会計学的、技術的専門書の範疇を超え、社会、法律、経済など関連領域にもまたがる学際的な視野から指摘したものと評価できると考える。非営利法人の会計制度は今大きく揺れている。本著は、今後の非営利会計の枠組みを考えるにあたって、実務家たる我々はもちろん、専門職の人たちにも大いに参考してもらいたい好著である。(選考委員 太田達男)

『個人加盟ユニオンと労働NPO-排除された労働者の権利擁護-』 遠藤 公嗣編著 ミネルヴァ書房(2012/6刊行)

不安定雇用が拡大しその圧力で正社員の労働環境もきつくなり、労働基本権の形骸化が嘆かれている。「市民」の基盤が掘り崩されている、と言っていい。本書は、個人加盟労働組合と「労働NPO」の活動実態とを探求している。本書が指摘するように、労働組合法制の違いからアメリカではNPOとして活動している団体が日本では労働組合であり得るように、これらの団体は「排除された労働者の権利擁護」という点で共通した活動を行っている。従来も組合組織率の衰退に対して企業別組合の連合体などでも地域での活動やNPOとの連携が語られてきた。しかし先駆的事例も見られたとはいえ非正規労働者の権利擁護や中小・零細企業の労働者などに入り込んでいくという点では限界があった。本書は、これらの課題に労働組合とNPOとがそれぞれ、あるいは連携して切り込んでいる事例を紹介する。札幌地域労組、ゼネラルユニオン、愛知派遣村、いくつかの労働NPO、海外では、韓国女性労働組合(KWTU)、中国における「工会」と草の根労働NGOなどである。また、事例紹介にとどまらず、編者によってこれら諸運動の全体が現代資本主義の変容に対する世界的運動の一環として位置づけられる。9人の掲載論文には粗密はあるが、全体として労働とNPOという重要な領域に鋭く切り込んだ労作であり優秀賞にふさわしい著作である。(選考委員 岡本仁宏)

『社会関係資本-理論統合の挑戦-』 三隅 一人著 ミネルヴァ書房(2013/9刊行)

本書は社会学における社会関係資本論の位置づけを丁寧に論じたうえで、さらに、「関係基盤」という新たな概念を導入して既存の概念との統合を試みたもので、まさしく「理論統合の挑戦」であり、類書をみない。本書の付加価値は大きく言えば以下の5点である。第1に、多数の論者による社会関係資本の概念を系統だって整理したこと、第2に社会関係資本の価値をマイクロ・マクロ・リンクの観点からとらえる理論体系の構築を試みたこと、第3にそのための装置として「関係基盤」という概念を導入したこと、第4に「関係基盤」概念の導入により、従来の橋渡し型ネットワークや結束型などの既存の概念をそれらの相互関係も含めてより明確にとらえる可能性を呈示したこと、第5に社会全体のより大きな問題、つまり階層化の分析についても社会関係資本概念が寄与する可能性をしめしたことである。社会関係資本は、百家争鳴の時代をすぎて、理論的にも実証的にも新たな段階に入ったことを実感させる著作であり、かつ視野の広い理論的フレームワークを呈示したことを高く評価する。社会関係資本研究者には必読の文献である。(選考委員 稲葉陽二)

『Building Resilience: Social Capital in Post-Disaster Recovery』 Daniel P. Aldrich著
The University of Chicago Press(2012/8刊行)

本書は、関東大震災、阪神淡路大震災、スマトラ島沖地震、ハリケーン・カトリーナという4つの大災害の被災地を取り上げて、ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)が災害後の復興に果たす効果を、データ分析と事例研究によって明らかにしようとした労作である。災害復興は、被害の程度、行政の対応、外部からの支援の多寡、人口密度などによるとする定説にチャレンジし、本書では、地域における社会関係資本こそが回復への原動力であるとする新説を展開している。豊富な資料とデータを駆使した分析は興味深く、文章も簡潔でわかりやすい。本書の元になった論文は、すでに多くの研究者や実務家が引用しており、一定の評価を獲得しているといえる。東日本大震災からの復興にも示唆を与える研究である。ただし、なぜ多数の大災害のなかからこの4つの事例を選択したのか、その恣意性は否定できない。また、各事例について実証分析を行っているが、データの制約から用いている説明変数や被説明変数は限られており、全体として分析がやや荒削りな印象を受ける。本書の魅力は、緻密な実証分析というよりは、着想のユニークさや分析枠組みの提案にあるといえよう。(選考委員 山内直人)